武智 俊平

(a)研究テーマ

初等力学における単純化方略を用いた問題解決失敗の自己克服支援

(b)研究概要

ある物事についての学習において,その物事のすべてを一挙に学ぶのではなく,その物事についての部分を段階的に学んでいくことは一般的である.また,ある物事の一部分を学ぶ際に,別の一部分を理解していることが不可欠であることも多い.このような段階的な学習活動として本研究では,問題解決能力の育成のために一般的に行われている,問題演習について取り上げる.

問題演習は,教えた知識を学習者に定着させるため,また学習者がその知識をどこまで習得できたかを確認するために,数学や物理などの分野で行われる学習活動である.この活動の際,学習者は与えられた問題群に取り組むが,この問題群は無作為に選ばれたものではなく,問題系列としての意味を持っている場合も多い.Scheiterらは数学の文章題を対象として,問題構造が徐々に複雑になっていくように設計された問題系列は,それらがランダムに並べられた場合よりも問題解決によい影響を与えること,また,その効果を得る上で問題が系列化されていることを学習者が認識することが重要であることを指摘している.

これらのことを踏まえ,本研究では出題する問題間の関係性に注目した問題演習について取り組む.演習で用いる問題群についての関係性を定義するには,問題の構造を分析する必要がある.問題を構造的に考えたとき,問題は求めるべき解法とその問題における状況から成り立つと考えられる.その際,すべての問題が完全に違うものではなく,解法と状況の一部が共通するものもある.それらを包含関係として関係付けることで問題間の差分を明確にした構造化ができる.そして,ある問題に対して解法や状況を増減させることで,異なる問題を生成することができる.つまり,問題は基本的なものを複雑化することで様々な問題に派生するというモデルである.これをここでは「問題の派生的成立モデル」と呼ぶ.このように問題を捉えると問題解決に失敗した学習者は,失敗した問題についてその問題全てが理解できないわけではなく,その問題の一部分が困難であるため,問題を解決できないということになる.しかし,このモデルを実現するには問題の構造と問題間の構造を定義する必要がある.問題間の関連付けには不足がないことなどについての十分な検討やその学習的根拠が必要である.しかし,その作業は困難であり,人手で行うには非常に労力がかかるといえる.

そこで,先行研究では高校範囲の物理力学を対象として,派生問題の自動生成を実現し,その問題の解決を図っている.この関係性の記述と,自動生成により問題の派生的成立モデルに従った問題をシステム上で用意することが可能となった.

本研究では,この先行研究を踏まえ,生成可能となった問題群を用いた段階的学習活動方法を考案,システム上での実現を行っている.その一つとして,漸進的問題演習の支援システムを開発した.

また,段階的に問題を生成できることで,学習者がある問題解決に失敗した場合,その問題を単純化した問題に取り組むことで,元の問題を自分の力で克服することができる可能性がある.この自分の力で克服する活動を本研究では自己克服と呼ぶ.自己克服は特別な教授活動は行わない状況で,学習者が問題間の差分について自発的に考えることで実現する.よって,自己克服は学習として効果的な活動であると考えられる.この自己克服活動を支援する演習方法として単純化方略を新たに提案する.この単純化方略に基づいた問題演習システムを開発し,問題解決失敗に対する支援を試みる.

(c)研究内容

1.漸進的問題演習

問題演習において,出題される問題の順序(問題経路)は重要であるといわれている.ある問題を少しだけ簡単化・複雑化した問題を次に解く問題とする漸進的問題演習は有効な学習方法であるが,実現には多くの問題の用意とそれらの関係付けが必要であり,また個々の学習者の理解度に合わせた問題の提示という個別対応の課題があった.先行研究により多くの問題の用意とそれらの関係付けの課題は解決が図られており,それを用いた演習方法も考案されている.漸進的問題演習ではそれらを基により実践的な漸進的問題演習支援システムを開発することを目的としている.

(1)問題経路の設定

先行研究では自由度の低かった問題経路を多様化することでより個別対応に近づくのではないかと考えられる.教授者は学習者に最終的に解いてほしい目標問題を設定することで以下のような経路をシステム側で自動生成する.学習者は与えられた問題に正解することで目標問題へ近づく.次に解く問題の候補が複数ある場合は学習者自身が選択可能である.これにより,各学習者により異なる経路で目標問題まで到達することが可能である.

(2)不正解時の支援

不正解だった場合は少し簡単な問題を次の問題とすることで支援を行う.少し簡単な問題とは,上記の図で一段下がるような物理状況が少し簡単になった特殊化問題か問題集における小問のような問題である部分化問題のどちらかである.特殊化問題の場合,物理状況が簡単になったため考える要素が減り,元の問題より簡単になったといえる.また,どの物理状況の要素が理解できていなかったかを明確にすることができる.部分化問題の場合,使用する数式の数が減り元の問題より簡単になったといえる.また,少しずつ求める要素を基の問題に近づけることで徐々に複雑な問題を解くことができ誘導的に元の問題を解きやすくする.

2.単純化法略

(1)単純化方略の演習方法

問題演習の目的の一つに,学習者の不足している知識,誤った知識を発見することがあげられる.これには問題解決に失敗した場合に学習者が自分にとって困難だった部分はどこにあるかを認識することが重要である.ここでは,先に少し述べた問題の派生的成立モデルの考え方を用いる.これは問題を構造的に考えた時,問題は単純なものから状況,解法が派生的に複雑化して成立しているとしている考え方である.本研究での派生的に複雑化しているとは,複雑化された問題が元となる問題を完全に包含している状態のことを示す.このモデルに従うと問題は階層的にできているといえる. つまり,ある問題はその問題より単純な問題を重層的に包含していることになる.

このように問題を捉えると,問題解決に失敗した学習者は失敗した問題のすべてについてできないのではなく,その問題の一部分が困難であるため,問題解決ができなかったと考えられる.一方で,学習者が,どの一部分が自分にとって困難であるかを必ずしも認識しているわけではない.そこで,困難である一部分を認識しやすく示すことで,できない問題とできる問題の関係性に気づき,その問題の解決につながる可能性が考えられる.解決につながらなかった場合においても困難である部分を中心に再び学習を行えばよいので,効率的な学習にもつながる.その困難である一部分を認識しやすくするためにはできる問題とできない問題の差分に気づきやすい問題系列で問題を出題する必要がある.そのため,問題解決失敗の際には問題を一段階単純化することを繰返し,学習者ができる問題を発見する.できる問題を見つけた場合,単純化した問題と単純化の元になった問題の差分に,学習者の困難は存在している.このようにして学習者の自分ができる問題を発見し,困難な部分を認識しやすくする方法を本研究では単純化方略と呼ぶ.単純化方略ではその学習者が自分自身で困難である部分を発見することが失敗した問題を克服することにつながると仮定している.

(2)差分注視と差分接続

単純化方略では取り組む問題に不正解の場合,その問題に対して一段階単純化した問題が出題される.出題された問題は前の問題との関係性は強いため学習者はそれらの問題間の関係を意識しやすくなることが予想される.また,正解した問題を利用して次の問題に取り組む活動も期待できる.先の漸進的問題演習ではその活動を,システムのサポートなしでも暗黙的に行うことができると考えていた.しかしその結果,問題間の差分の認識に至らなかった可能性が高い学習者も見受けられた.そのため,問題間の差分の認識に対して意識を向けるための活動がワンステップ必要である.その活動として正解した問題と直前の不正解だった問題を見比べるという活動を学習者に行ってもらう.これを単純化方略では差分注視活動とする.

差分注視活動だけでは差分の認識に至らない,或いは克服に至らない学習者がいることも考えられる.そこでそれらの学習者に対して問題間の差分について,より考慮しやすく,できた問題とできなかった問題をつなぐための問題を出題する.この問題を差分接続問題と呼んでいる.差分接続問題はその問題の解法についての支援であるため,解法構造に着目して生成される.前述の部分化問題の一種にあたるが,単純化方略のように一段階ずつ単純にするのではなく,学習者のできない部分に着目した規則で問題を生成する.学習者のできる問題とそれより一段階複雑化されたできない問題が明確である場合にのみ差分接続問題は生成できる.

(3) 単純化方略を実装したシステム

単純化方略により差分を考慮させるための自然な状況として問題演習の形でシステムを作成する.前回の実験的利用は計算機室で行ったため移動時間等でシステムの利用時間が限られるという問題があった.そのため今回は再び実際の教育現場で使用することを考慮し,持ち運びに優れ場所を選ばないタブレット上での実装を行った.

学習者はシステムが用意した初期問題から最初に解く問題を選択する.この初期問題は学習者にとっては少し難しいものであることが望ましい.出題された問題に不正解だった場合は一段階単純化した問題に取り組む.この際候補が複数ある場合は学習者自身が次に解く問題を選択する.単純化方略は学習者のできる問題とできない問題の境界線がどこにあるかを明確にし,その問題間の差分について学習者に考えてもらうことが演習の目的である.そのため,できる問題まで単純化を繰り返す,つまり不正解が連続してしまうことは特に問題ではない.与えられた初期問題に正解した場合はその問題とその問題が包含する問題について理解しているとみなすことができるため,別の初期問題を選択してもらう.初期問題,或いは差分接続問題ではない問題に正解した場合,差分注視機能を用いてできた問題と直前のできなかった問題を比較させ,問題間の差分に注目させる.その後,直前のできなかった問題に再び取り組む.差分注視機能を経て再び挑戦した問題を克服できなかった場合,差分に着目した差分接続問題を生成,学習者に出題する.学習者はこの流れを繰返し,自分のできる問題とできない問題の間の差分について考えながら学習することを促す. なお,前回のシステム同様,「もう一度同じ問題を解く」も選択できるようになっている.この選択肢は,慣れないシステムを使う上でのミスを回復するうえでも必要な機能であると判断している.システムを用いた演習のフローを図に示す.

(d)参考文献

・平嶋 宗,東 正造,柏原 昭博,豊田 純一:補助問題の定式化,人工知能学会誌,Vol.10(3),pp.413-420,1995.05.01.

・大川内 祐介,平嶋 宗:派生問題の自動生成とその実験的評価JSISE全国大会,2010.

・高須賀弘典,大川内祐介,平嶋宗: 派生問題自動生成機能を利用した漸進的問題演習の実現JSISE学生発表,2011.