shinohara

(a)研究テーマ『段階的外化表現を利用した力学問題での問題理解に関する支援』

(b)研究内容

概要

問題解決課題を利用した学習活動における支援方法の一つとして,学習者の解決過程の診断が挙げられるが,通常の問題解決からこの過程を得ることは困難である場合も多い.このような困難さに対する方策の一つとして,学習者が考えを表現する「外化」活動が考えられている.本研究では,この「外化」を用いた学習支援を実現するためのフレームワーク化とモデル化,及び学習システムの設計・開発を行っている.

背景

学習者が問題の解決に失敗した場合,その解決過程に何らかの誤りを含んでいる,といったことが考えられる.これら誤りに対応することが,学習者に対し有効な支援を行う上で必要であると考えられるが,解決過程のどこに,どのような誤りが含まれていたかを学習者の解答から直接的に得ることは困難である場合も多い.このような困難さに対する方策の一つとして,学習者が問題解決中での自身の考えを表現する活動である「外化」が挙げられる.この「外化」によって得られた表現(外化表現)には学習者の解決過程での誤りが表されると考えられ,これらを診断することで学習者の誤りを捉えることができるとされている.またこの外化には,活動を行うことによる学習者へのより深い学習の促進といった効果も期待されている.

このような外化活動であるが,一方で,学習者や教授者に対する負担の増加といった面も持つものであり,実際の支援に用いることは容易とはいえない.そこで,本研究では,このような負担を軽減し,外化を用いた学習者への支援方法の実現を目指している.

手法

外化における困難さの要因の一つとして「表現形式の選定」が挙げられる.学習者に対し自由度の高い外化活動を行わせた場合,表現したい内容に応じた表現形式を選ぶことができる反面,どのような形式を用いて外化を行えばよいのかという点で学習者を困惑させる恐れがある.また,自由になされた外化表現を診断する場合,教授者はより個別的な対応を迫られることになる.そこで,本研究では,外化活動のフレームワーク化を行うことで,この問題を改善することを目指した.

このフレームワーク化に際し,本研究では,支援対象とする高校物理・力学問題に関する解決過程のモデル化を行った.ここで,問題解決においては,「問題を理解する」過程,及び「問題を実際に解く」過程が存在するとされている.前者はさらに,問題一文一文の意味を捉える「変換」過程とそこから問題全体を捉える「統合」過程に分けられ,後者は問題を解くのに適切な解法を得る「プラン化」過程とそこで得た解法を実際に用いる「実行」過程に分けられるとされている.これら4つの過程の内,「統合」及び「プラン化」過程が,より重要であるとされており,本研究でも支援対象としている.また,力学問題においては,「統合」過程とは問題内容の把握であり,「プラン化」過程とは問題を解くために必要な数式を立てる(立式)ことであるといえる.このような考え方から,先行研究[1][2]においてはこの「統合」過程を問題の表層的な構造(表層構造)の生成であるとし,「プラン化」過程を立式のために必要な表層構造の洗練(変換)による問題の定式化(定式化された構造の生成)であると捉え,問題解決過程のモデル化を行っている.そこで本研究では,このモデル化方法に対し,具体的な構造の表現方法,及び段階的な変換手法を提案することで,力学問題の解決過程のモデル化の実現を行った.

構造

・表層構造

本研究では,問題の表層構造として,「意味ネットワーク」形式(図1)での表現を用いている.表現内では,「オブジェクト」,「属性」,「関係」を要素(ノード)とし,それらをリンクすることで問題内容を表現する(図2).このような表現の生成により,学習者は問題の内容を捉えることができ,またそこでの誤りに関する診断が可能になると考えられる.

本研究での表層構造における「オブジェクト」とは,問題に含まれる物理的な「モノ」の内,運動・力の対象となるものを表す.多くの場合,「ブロック」「重り」或いは単純に「物体」などと表記されるものである.一方で,「斜面」「平面」「天井」など,運動を行わないモノや,「糸」「バネ」などの力を伝えるモノに関しては,「属性」や「関係」内で表現するものとしている.

「属性」とは,「オブジェクト」の持つ情報である.具体的な例として,「重量」「加速度」「密度」などがある.また,例えば糸に吊るされた物体ならば「糸に吊るされた」「糸からの張力」などが発生する.

「関係」とは,複数のオブジェクト間の関連を表すものである.例えば,「糸(バネ)によって繋がれている」「重なっている」などがある.

いずれの要素についても,問題中に明記されたものである必要がある.また,このような構造の生成は,学習者の問題に対する「統合」過程を表すものであり,これに対する診断が「統合」過程での誤りへの支援となるといえる.

図1:意味ネットワークの例

図2:本研究での表層構造の例

・定式化構造

本研究では,定式化構造として,「階層的『言葉の式』表現」[4]を用いている.

『言葉の式』とは,問題内における数量を言葉で,関係を演算で表した,言語的表現と記号的表現の中間表現であり(図3),算数・数学教育において広く用いられているものである.先行研究[4]においては,この『言葉の式』は階層的な構造をもつものであるとし,その特徴をまとめた「階層的『言葉の式』表現」(図4)と呼んでいる.

「階層的『言葉の式』表現」に対し,適切な数値と演算の適用により,求める解を求めることができる.このことより,この「階層的『言葉の式』表現」は算数・数学の文章題を解決可能なように定式化したものであると考えられる.

この「階層的『言葉の式』表現」は,問題を解くのに必要な値と数量関係によって構成されている.すなわち,この構造を正しく組み立てることが,問題解決に必要な値と数量関係の理解につながると考えられる.このような理解は,算数・数学の文章題だけではなく,物理・力学分野における「問題中の値の計算によって未知数を求める問題」においても必要であると考えられる.そこで,本研究においてはこの「階層的『言葉の式』表現」を,定式化構造として利用している.

図3:言葉の式の例

図4:「階層的『言葉の式』表現」の例

・段階的変換

力学問題を解くうえで,力について考えるために「力の三要素」を捉えることが必要である.これは,力の(1)作用点(2)向き(3)大きさから成り,力を表現するために用いられる.本研究では,この三要素を捉えることが問題に対する解法の同定であるとし,定式化過程としてこの操作を用意することにした.さらに,この操作にはいくつかの段階があると考え,段階ごとの診断が必要であると考えた.そこで,解決モデル内において学習者は,この段階に沿った表層構造の変換とその外化を行うことで,解法の同定(立式)を行う.また,各段階ごとの外化表現の診断を行うことにより,学習者が解法の同定中に行った誤りに対する支援を実現する.また,このような詳細な操作と診断により,単に誤りを指摘するだけではなく,

(1)問題解決過程で行き詰ってしまう学習者への足場掛け

(2)解法が正しくなくとも問題が解けていた,という学習者への訂正

(3)解法を適用する理由の理解の促進

といった効果も期待される.

自動診断システム

外化活動によって生成される構造に含まれる誤り・不足点は学習者ごとに異なると考えられ,それぞれ個別の診断を行う必要があると考えられる.この診断に際し,

(1)Self-Assessment(学習者本人による診断)

(2)Peer-Assessment(学習者同士での診断)

(3)Teacher-Assessment(教授者による診断)

(4)Agent-Assessment(自動診断)

の4つの方法が挙げられる[10].本研究では,教授者への負担の軽減や実際の学習活動の実現性といった点から,システムによるAgent-Assessmentに着目した.

・Kit-Build方式の利用

本研究では,表層構造,及び解法構造の生成の際,Kit-Build方式[7]を用いている.このことにより,学習者の誤りはリンクのつなぎ間違いとして表され,システムによる自動診断が可能となる.また,学習者の操作はノードのリンキングに限定されるため,不慣れな学習者への足場掛け・負担の軽減にもつながるといえる.

・システムインタフェース

(c)研究業績

・篠原智哉,佐々木一真,平嶋宗:力間の関係の外化を用いた力学学習支援システムの開発とその実験的利用,教育システム情報学会誌,Vol.34,No.1(2014)(採録決定)

・篠原智哉,山元翔,平嶋宗:力学を対象とした問題理解過程の外化環境の設計・開発,教育システム情報学会論文誌,Vol.30,No.1,pp.20-31(2013)

・篠原智哉,山元翔,平嶋宗:力学問題の理解過程を対象とした外化表現の提案,JSiSE中国支部2012年度研究発表会,pp.11-16(2012)

Tomoya SHINOHARA, Sho YAMAMOTO & Tsukasa HIRASHIMA : "Kit-Build External Expression of Problem Solving in Physics Learning", ICCE2011(2011)

篠原 智哉,山元 翔,平嶋 宗:”段階的外化表現を利用した力学での問題理解に関する支援”,2011年度人工知能学会全国大会,1H1-2(2011)

篠原 智哉,佐賀 誠司,山元 翔,平嶋 宗:”力学問題を対象とした段階的な外化による立式支援システムの設計・開発”,JSiSE学生研究発表会(2011)

(d)参考文献

[1]平嶋 宗,中村 祐一,池田 満,溝口 理一郎,豊田 順一:ITS を指向した問題解決モデルMIPS,人工知能学会誌,Vol.7,No.3,pp.93-104(1992)

[2]平嶋宗,東正造,柏原昭博,豊田順一:“補助問題の定式化”,人工知能学会誌 10(3),pp.413-420(1995)

[3]Polya, G: How to solve it, Princeton University Press, 1957.

[4]中川和之,平嶋宗,舟生日出男:“「言葉の式」の階層的な外化による算数・数学の文章題に対する立式支援”,先進的学習科学と工学研究会 58,pp.73-78 (2010)

[5]松井紀夫,柏原昭博,平嶋宗,豊田順一:“多重外化表現を用いた自己説明支援について”,電子情報通信学会技術研究報告.AI,人工知能と知識処理 96,pp.1-8(1997)

[6]平嶋宗:“作問学習のモデル化”,第23回人工知能学会全国大会(2009)

[7]福田裕之,山崎和也,舟生日出男,平嶋宗:“Kit-Build方式による概念マップのインタラクティブ化”,先進的学習科学と工学研究会 55,pp.59-64(2009)

[8]川瀬純一,若山皖一郎,早野清,後藤信彦,大串一彦,市野典明:“文章題指導でのワープロの活用:題意の把握から立式まで”,年間論文集

[9]新興出版社啓林館:“教科書ガイド 高等学校物理I改訂版”,pp.33-94(2008)

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