大川内 祐介

(A)研究テーマ名

初等力学を対象とした派生問題の対話型自動生成システムの開発とその評価」

(B)研究概要

問題演習は,物理や数学など,様々な分野で用いられている学習方法であり,問題を解く順番(問題系列)は,効果的な問題演習を行う上で非常に重要な要素の一つといえる.

しかしながら,それぞれの学習者に適切な問題系列は一意に決定できるものではなく,個々の学習者の事前知識や問題演習の進度などにより,問題演習中にも動的に変化するものだと考えられる.

以上のことを考慮した上で,効果的な問題演習に必要な問題系列を設計するためには,まず,大量の問題を用意した上で,あらゆる学習者の演習状況に対応できるように,網羅的に問題同士を関連付けておく必要がある.

この課題を解決するためには,まず大量の問題の用意が必要であり,また,問題を関連付ける上で,両問題を関連問題と設定するための学習的根拠や,関連付けに不足がないことなどについて十分に検討する必要がある.

これらの作業は非常に労力のかかるものであり,体系的に問題を関連付けていくことは非常に困難で,定式化された手法は考えられていない.

そこで,本研究では,高等学校物理の初等力学を対象とした,ある問題をもとに,その構造を変化させることによってできる関連問題である,派生問題を自動生成する仕組みやシステムを提案している.

(C)研究詳細

1.問題の定義

コンピュータ上で力学の問題を扱うためには,まず,問題がどのような情報を持っているかを定義しなければならない.

先行研究において力学の問題を,

(1)問題文を表現する「表層構造」

(2)問題文から定式化した構造を用いて解を導く過程を表現する「解法構造」

(3)問題の背景となっている物理状況を表現する「制約構造」

の3つの構造を用いて,その特徴を記述する手法が提案されている[平嶋 95].

本研究では,これら3つの問題の構造の中でも,特に問題の解き方に影響を与える「解法構造」および「制約構造」に着目し,力学の問題を

問題の背景を表す『物理状況と』与えられた属性(入力属性)から求めるべき属性(出力属性)を導出するまでの過程を表す『解法』の2つの特徴から構成されると改めて定義した(図1).

図1 問題の定義例

これら2つの特徴を表すモデルとして,「マイクロワールドグラフ」「解法構造」を用意した.

●マイクロワールドグラフ

マイクロワールドグラフ[Horiguchi 05][東本 08]は,問題の物理状況の特徴と,他の物理状況との間に存在する関係の特徴を表現するための枠組みである.

物理状況は,その状況を規定している基本属性と,その属性から値が決定できる属性からなると定義できる.

マイクロワールドグラフでは,物理状況を規定している基本属性とその値をモデル化仮定と呼び,そのモデル化仮定から求めることができる様々な制約関係をモデルと呼ぶ.

モデル化仮定とモデルの具体例を図2に示した.このモデル仮定が変化するとモデルもそれに基づき変化することになる.このモデル化仮定の変更可能性は,物理法則により決定される.

図2を例にとると,左の物理状況では,摩擦係数μは0であり,摩擦係数という属性においては,最も特殊な物理状況となる.

この摩擦係数が一般化され,正の値をとることにより,物理状況が図の右の物理状況へと変更され,それによりモデルにも変化が加わる.

このようなモデル化仮定の派生関係に基づいて物理状況およびそれらの関係を記述したものがマイクロワールドグラフである.

現段階では,マイクロワールドグラフはその定義に基づいて手動で記述していく必要があるが,そのオーサリング支援および自動生成に関する研究も進められている[Horiguchi 09].

本研究では,マイクロワールドグラフを,問題間の差分を取り出すための基盤として使用する.

実際のシステムで使用しているマイクロワールドグラフは,図3のように互いに関連した状況同士が隣接したネットワークで構成されている.

開発したシステム上で使用しているマイクロワールドグラフには現在33個の物理状況が存在する.


図2 モデル化仮定とモデル 図3 マイクロワールドグラフ

●解法構造

力学において未知量を求める問題の解導出過程は,解を導くために用いられる一連の数量関係で表現することができる.

本研究では,このような一連の数量関係を解法構造(図4)と呼ばれる表現方法で記述している[平嶋 95].

解法構造は,入力属性ノード,中間属性ノード,出力属性ノードとそれらをつなぐ式ノード及びエッジからなる.

入力属性は,問題において与えられている既知の属性のことであり,出力属性は,問題の物理状況下において成り立つ数量関係を用いて,入力属性より導出すべき属性のことである.

そして,中間属性は,入力属性から出力属性を導くまでの数量関係において使用する属性のことである.

図4 解法構造

2.派生問題

本研究では,先に上げたマイクロワールドグラフと解法構造を使い,問題の構造を変化させることによってある問題に対する関連問題を自動生成し,

問題演習における適切な問題系列を作る支援を行うことを目指す.

ある任意の2つの問題間の関係を「物理状況」と「解法」の2つの観点から比較した場合,図5のようになると考えられる.

本研究では,物理状況と解法の双方に包含性があるような問題が,効果的な問題演習を行うための問題系列を作るのに適していると考えている.

そのような問題を派生問題と定義し,派生問題を自動生成することを目指した.

マイクロワールドグラフに基づいて問題の物理状況を変化させる派生問題を「物理状況に基づく派生問題」

解法構造に基づいて問題の解法を変化させる派生問題を「解法に基づく派生問題」と呼ぶ.

図5 関連問題

●物理状況に基づく派生問題

物理状況に基づく派生問題としては,特殊化問題と一般化問題の2つを定義することができる.これら2つの派生問題は図6のような対応関係を持つ.

図6のように,摩擦のある斜面に関する問題から摩擦を取り除く,すなわち動摩擦係数を0にし,問題の物理状況をより現実世界から遠い,

滑らかな斜面という特殊な状況へ近づけることを特殊化と呼ぶ.

逆に,滑らかな斜面に関する問題に摩擦を追加する,すなわち動摩擦係数を0より大きくし,より現実世界に近い,摩擦のある斜面という一般的な状況へ近づけることを一般化と呼ぶ.

特殊化は問題を簡単化し,一般化は問題を複雑化する行為に相当する.

もとの問題をどのように特殊化・一般化することができるのかは,図3のようなマイクロワールドグラフの物理状況の隣接関係とモデル化仮定及びモデルから判断される.

例えば,摩擦のある斜面に関する問題(図6の左の問題)を特殊化する場合は,

まずマイクロワールドグラフの隣接関係から摩擦を削除すると滑らかな斜面という状況に移行することをシステムが把握する.

そして解法中の摩擦に関係する部分を削除した場合に,滑らかな斜面という状況下で,その解法が成立するかどうかを制約構造から診断し,

成立するようならば特殊化可能として,特殊化問題をシステムが自動生成する(図6右の問題).

このような手法で特殊化・一般化問題をシステムによって自動生成している.

図6 特殊化問題・一般化問題

●解法に基づく派生問題

解法に基づく派生問題としては,部分化問題と拡張化問題の2つを定義することができる.

まず,部分化問題とは,図7のように,元の問題の解法構造の一部を切り取った解法構造を持つような問題である.

これにより,問題における解導出までの手順の数を減らすことができるため,元の問題を簡単化することができ,問題の解き方や,用いるべき知識を獲得しやすくすることが可能となる.

また,解法中で部分化する箇所はユーザが任意に選択でき,1つの問題から様々な部分化問題を生成することが可能である.

これに対して,拡張化問題とは部分化問題の逆で,もとの問題の解法構造の入力属性あるいは出力属性の一部を拡張させた派生問題である.

出力属性を拡張させた場合は,もとの問題で使った解法を使って別の属性を求める問題となるため,より高度な問題へ挑戦させるといったことが可能となる.

また,入力属性を拡張させた場合は,もとの問題では与えていた属性を解導出までの過程で求めさせる問題へと変更することになるため,

もとの問題で与えていた属性に関する理解を確かめるといったことが可能となる.

出力属性及び入力属性をどのように拡張できるのかは,マイクロワールドグラフの制約構造(モデル)より取得し,その候補の中からユーザが1つを選択する仕組みとなっている.

図7 部分化問題・拡張化問題

3.システムとその評価

前章で紹介した4つの派生問題を生成するシステムの実装を行った(図8).

システムでは,例えば図5の問題をもとにすると,合計49問(特殊化:1問,一般化:2問,部分化:6問,拡張化:40問)の派生問題を生成することが可能である.

このように1つの問題からも多くの派生問題が生成できるため,本システムを使えば,学習者が間違えた時はそれを解くための補助問題を,正解した時は,

使った解を応用する応用問題を出題でき,動的に取り組む問題を変更しながら,適切な問題系列に沿った演習が行えると考えている.

本研究では,このような問題演習を漸進的問題演習と呼んでいる.本システムがこの漸進的問題演習を支援するために必要な機能を有しているか,

および生成したシステムを使って漸進的問題演習を実際に行うことができるかを2つの評価実験により診断を行った.

詳細は省略するが,この結果から,本システムが生成する派生問題が漸進的問題演習を行うのに有用であること,および,関連研究[武智 12]で開発された漸進的問題演習機能を用いて,

商船系高等専門学校の授業内でシステムを使った漸進的問題演習を実現できることを示すことができた.

今後の課題としては,ユーザインタフェースの改善や,マイクロワールドグラフの拡張を行う必要がある.

また,関連研究においては,問題演習機能の拡張や,漸進的問題演習の学習効果に関する詳しい検証を行う予定である.

図8 システム図

(D)研究実績

  • 大川内 祐介,上野 拓也,平嶋 宗,"漸進的問題演習のための派生問題自動生成法",JSiSE学生研究発表会,pp.211-214,(2010.03)

  • 大川内 祐介,平嶋 宗:“派生問題の自動生成とその実験的評価”,教育システム情報学会第35回全国大会,pp.517-518(2010.08)

  • 大川内 祐介,平嶋 宗:“派生問題の自動生成機能の実現と実験的評価”,第61回人工知能学会先進的学習科学と工学研究会,pp.7-12(2011.03)

  • 大川内 祐介,上野 拓也,平嶋 宗:“派生問題の自動生成機能の開発とその実験的評価”,人工知能学会論文誌(査読中)(2012)

  • 高須賀 弘典,大川内 祐介,平嶋 宗:“派生問題生成機能を利用した漸進的問題演習の実現”,JSiSE 学生研究発表会,pp.230-233 (2011.03)

  • 武智 俊平,大川内 祐介,平嶋 宗:“学習者に個別対応可能な漸進的問題演習の実現”,JSiSE学生研究発表会(発表予定)(2012.03)

(E)調査文献リスト

  1. 松居 辰則,平嶋 宗:”学習課題・問題系列のデザイン”,人工知能学会誌,Vol.25,No.2,pp.259-267(2010).

  2. K. Scheiter, P. Gerjets: The Impact of Problem Order: Sequencing Problems as a Strategy for Improving One Performance, Proc. of the 24th Annual Conference of the Cognitive Science Society, pp.798-803(2002).

  3. 菅沼 昭,峯 恒憲,正代 隆義:“学生の理解度と問題の難易度を動的に評価する練習問題自動生成システム”,情報処理学会論文誌,Vol.46,No.7,pp.1810-1818(2005).

  4. 平嶋 宗,東 正造,柏原 昭博,豊田 純一:“補助問題の定式化”,人工知能学会誌,Vol.10,No.3,pp.413-420(1995).

  5. Hirashima.T,Niitsu.T,Hirose.K,Kashihara.A and Toyoda.J:“An Indexing Framework for Adaptive Arrangement of Mechanics Problems for ITS”,IEICE Trans. Inf. & Syst.,Vol.E77-D, No.1,pp.19-26(1994)

  6. 上野 拓也,堀口 知也,平嶋 宗:“マイクロワールドグラフを用いた派生問題の対話的自動生成システム”,人工知能学会第23回全国大会(2009).

  7. 大川内 祐介,平嶋 宗:“派生問題の自動生成機能の実現と実験的評価”,第61回人工知能学会先進的学習科学と工学研究会報告書,pp.7-12(2011).

  8. 大川内祐介,平嶋宗:“派生問題の自動生成とその実験的評価”,教育システム情報学会第35回全国大会講演論文集,pp.517-518(2010).

  9. Tomoya Horiguchi, Tsukasa Hirashima:Graph of Microworld : A Framework for Assisting Progressive Knowledge Acquisition in Simulation-based Learning Environments. The 12th International Conference on Artificial Intelligence in Education, pp.670-677(2005) .

  10. Tomoya Horiguchi, Tsukasa Hirashima,:Intelligent Authoring of 'Graph of Microworlds' for Adaptive Learning with Microworlds based on Compositional Modeling. The 14th International Conference on Artificial Intelligence in Education, pp207-214(2009).

  11. 堀口知也,平嶋宗:“モデルグラフに基づく発展的知識獲得の支援環境”,人工知能学会第42 回先進的学習科学と工学研究会,pp.7-14(2004).

  12. 堀口知也,東本崇仁,平嶋宗:“合成モデリング技法を用いたマイクロワールドグラフの記述支援”,人工知能学会第52回先進的学習科学と工学研究会 ,pp.9-16(2008).

  13. 堀口知也,平嶋宗:”現象のモデル化プロセスに基づく物理問題の特徴付けとその支援手法”,人工知能学会第23回全国大会(2009).

  14. 東本 崇仁,堀口 知也,平嶋 宗:“シミュレーションに基づく学習環境における漸進的な知識獲得支援のためのマイクロワールドグラフ”,電子情報通信学会論文誌, Vol. J91-D, No. 2, pp. 303-313 (2008).

  15. 東本崇仁,堀口知也,平嶋宗: “マイクロワールドグラフにおける移行タスクとその自動生成”, 教育システム情報学会第31回全国大会講演論文集,pp.437-438(2006).

  16. 竹内 章,吉田裕之,藤田智之,石橋和子,知識の適用能力獲得のための知的学習環境の構成とばね学習への応用,電子情報通信学会論文誌,Vol. J83-D-I, No. 6, pp.523-530 (2000).

  17. 高須賀 弘典,大川内 祐介,平嶋 宗:“派生問題生成機能を利用した漸進的問題演習の実現”,JSiSE 学生研究発表会,pp.230-233 (2011).

  18. 武智 俊平,大川内 祐介,平嶋 宗:“学習者に個別対応可能な漸進的問題演習の実現”,JSiSE学生研究発表会発表予定(2012).

(最終編集日:2012/02/28)